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遺品整理 寄付

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「関西遺品整理センター」では、収益の一部を国連の難民支援機関UNHCRへ寄付することで、紛争に巻き込まれたり、宗教や人種、政治的意見といった様々な理由で迫害を受けるなど、生命の安全を脅かされ、他国に逃れなければならなかった人々(難民)、また、故郷を追われながらも国境を越えず、自国内で避難を強いられている人々(国内避難民)の支援に取り組んでおります。

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「2014.01.23 ヨルダンのザータリ難民キャンプで飛躍的に発展する町づくり」

黒髪に散髪されたひげがハンサムなモハメッド(23歳)は、最愛のセマ(17歳)と結婚しました。お祝いに駆け付けた友達や隣人は、シリアの国境から15キロ離れたヨルダンのザータリ難民キャンプにある小さなキャラバンに集まりました。

モハメッドは7ヶ月前、兄の死を悼み、家を失った悲しみを抱えながら、シリアのDara’aからヨルダンに来ました。キャンプに到着した彼が目の当たりにしたのは、絶望感に包まれた人たちの姿でした。そこにいる人たちはみな、自分たちのことだけしか考えていないようにみえました。

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今ではみな、近所の人と砂糖や石鹸などの日常品を共有します。結婚式では質素な食事と共に紅茶とシリアのお菓子も並んでいました。砂漠に広がるテントやアルミ製の住宅も、だんだんとひとつのコミュニティーのように感じられるようになりました。

「ここではみんなお互いを助け合っています。一緒に座って一緒に働きます」とモハメッドは言います。「誰かが何かを必要とする時、私たちはその人を助けます。それが私たちをひとつのコミュニティーにしていくのです。」

設立2年目になるヨルダンのザータリ難民キャンプでは、戦争の恐ろしさによって引き裂かれた人たちの絆が修復され始めています。地元のブライダルショップは今までになく繁盛しています。毎週最低10人の新婦さんたちが、品位をもって結婚できるようにと、一日45USドルのレンタル料がかかるウェディングドレスを借りにきています。

6ヶ月前には、市民団体といえばそのほとんどが密輸入者やマフィアの集まりだったのが、今ではシリアでもそうであったように、キャンプの社会基準は複数の長老会によって指導されています。「私たちの出身地は様々ですが、今やっと団結してきています」とザータリのコミュニティー指導者であるアブ・シェイカー(47歳)は言います。

アブ・シェイカーがザータリに到着した11ヶ月前は、キャンプは「牢獄」のようだったと言います。そんな彼も今ではザータリを「初期段階にある社会」と捉えています。「この村の出身だとかあの村の出身だとか、そういうことではないのです」と彼はつけ加えます。「私たちは今ではみなひとつの村の出身者です。ザータリという名の村の出身なのです。」

12万人もの難民がいるザータリは、常に商業の中心地となっています。質屋から床屋まで揃うキャンプのシャンゼリゼ地区には1000軒以上の商店が並んでいます。しかし今では、商店街を持つキャンプという役割から、更に広い意味での社会化を感じさせるキャンプに成長しています。

元教師という人も多いこのコミュニティーの人たちは、UNHCRの協力団体であるIRDの支援をもって、小さな図書館を設立しました。「ここにいる人たちに本を読むことの大切さを忘れて欲しくないのです」と23歳のアブドゥール・カリム・ハリリは言います。「ザータリでは自由時間を持っている人が多いので、多くの人がここにきて本を読みます。読書するというのは心地よいものです。」

この進歩に、UNHCRザータリキャンプコーディネーターのキリアン・クラインシュミット(51歳)は意気揚々としています。わずか数か月前までは、「なんとかしてください」と訴えるザータリキャンプの居住者に毎日のように囲まれていました。

火災により4張のテントが焼失し、4人の若い兄弟の命が失われて、状況は最悪の事態となりました。皆の怒りと悲しみが頂点に達したこの出来事をきっかけに、居住者と国連職員は一体となって状況を変えていくようになりました。「皆で話し合う必要があったのです」とクラインシュミット氏は言います。「あのままではどうしても続けていくことはできませんでした。」

国連機関やNGO団体が、病院、水、公衆衛生などの重要なサービスを提供している間にも、より緊密な関係とより良い統治が必要なのは明らかでした。これに応えるべく、キャンプは12の地区に再分割され、これによりコミュニティー・スペースも提供されました。それぞれの地区は近日中に8つの異なる委員会により統治され、これらの委員会は就学から健康問題にいたるまで、すべてを任されます。数ヶ月に渡る念入りな議論の末、キャンプの状況は改善し、努力は実を結び始めました。

初期段階での成功が更なる賛同につながりました。今月初めには、オランダの開発協力担当大臣が訪れ、現在はアムステルダム市が技術的な専門知識をザータリに提供する準備が行われています。同時期に、あるドイツの企業家から、居住者のために電気を発生させる風車をキャンプ中に設置してはどうかとの提案がありました。

今後数ヶ月の間には、キャンプ居住者の便宜を考慮し、およそ10キロ分の新しい道が建設されます。韓国から来たテコンドートレーナーは、子どもたちに格闘技を教えています。そしてUEFA(欧州サッカー連盟)のチームは、ヨルダンのアリ・ビン・アル・フセイン王子とUEFA会長ミシェル・プラティニの援助を通して、ザータリ居住者をサッカーコーチに養成しています。すでに、キャンプには5つの競技場と10のサッカーチームがあります。

何千もの難民が、悲惨な戦争や失われた愛する人を想う哀しい記憶を胸に毎日生き抜いていかねばならない状況で、何を正常と考えるかは、確かに難しいことです。その上、毎晩のように、シリアとの国境の向こう側からはモルタルと大砲の爆発音が聞こえてきます。

「難民のみなさんがこのような状況の中で、これだけ速く、これほどまでにキャンプのコミュニティーを作り上げられた、それこそが、彼らの努力の証です」と、クラインシュミット氏は語ります。「我々は、日々その努力の成果が現れるのをみています。この町づくりは確かに飛躍的な発展を遂げているのです。」

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